IDENTITY 名古屋

2017.4.7 asuka

「みんなで築きあげる動植物園でありたい」今だから知ってほしい、東山動物園の園長のキモチ。

「わあ~、すごーい!本当にカッコイイー!」

驚きと興奮に満ちた声で、溢れかえる場所。東山動植物園のイケメンゴリラとして、その名をはせる「シャバーニ」の運動場の周りには今日も多くの人が集まり、彼が少しでも動くたびに歓声があがります。来園者は一斉にカメラを構え、それに応えんとするばかりに、運動場の一番高い位置に登り、鋭い目をこちらに向けてくるシャバーニ。彼の顔つきは、どこか“東山動植物園のアイドル”という立場を自覚した、プロの表情にも見えます。

その様子を、人だかりから少し離れたところで微笑ましく見つめる人物。東山動物園の園長、黒邉雅実(くろべまさみ)さんの姿がそこにはありました。黒邉さんが動物園の園長に就任したのは昨年の4月のこと。その年の瀬、東山動植物園は鳥インフルエンザの猛威に襲われ、一か月の閉園を余儀なくされたのです。

「動物を守る立場にいるはずの自分が、何をやっているのか」と気を落とすなか、黒邉さんや動植物園職員の心を救ったものは一体何だったのか?閉園からの復活、80周年という節目も迎え、新たなスタートを切った東山動植物園が描く未来予想図とは?今だからこそ、知ってほしい。そんな、黒邉さんの動植物園に対するキモチについて迫ります。

東山動物園長、黒邉さんが“園長”になるまで

「人と動物をつなぐ架け橋に」その思いひとつで駆け抜けた道

「今日は、よろしくお願いいたします」

「よろしくお願いします」

「まずはじめに、黒邉さんが動物園の園長になるまでのお話を聞かせてください。黒邉さんは東京の大学で獣医学部を卒業され、獣医の資格を取得されたんですよね」

「そうです。これはありきたりかも知れませんが、犬やうさぎを飼っていたこともあり、幼いころから動物とふれあうのが好きでしたね。あと、今はもう放送していませんが、『野生の王国(※)という動物のドキュメンタリー番組を見るのも好きで、それに刺激された部分も大きかったです」

[編集部注]
『野生の王国』は、1963年から1990年まで日本国内の地上テレビ各局で放映されたドキュメンタリー・教養番組。世界各地の動物の生態系について、映像とナレーション、専門家の解説を交えて紹介していた。

「なるほど。そこから黒邉さんが獣医学を専攻しようと思われたのも、自然な流れというわけですね。獣医の資格を取得されてからは、何も迷いなく、今の道を目指されたのでしょうか」

「実は、動物研究者になろうと考えたこともありました」

「動物研究者!どちらも“動物に関わる仕事”だと思うのですが、今の道を選ばれた決定打は何だったのでしょう」

「確かに、どちらも“動物と関わる”という点では共通していますが、私は“人と接する”ことも好きだったので、その点も仕事をするうえでは大切にしていきたいと考えていました。

これは、あくまでも私のイメージですが、動物研究者は一人で黙々と作業をするもの。大好きな動物とふれあいながら、人との交流もできる環境で働きたかったんです。自分は“人と動物をつなぐ架け橋”になりたいんだと。そう考え、獣医師として名古屋市に入庁することを決めました」

「強い志を持って、この道に進まれたんですね。入庁後は、すぐに東山動植物園に配属が決まったのでしょうか」

「いえ、以前は動物愛護センターや保健所で20年ほど働いていましたね」

「20年・・・。その間、ずっと動物園での勤務を希望されていたのでしょうか」

「というよりも、今の仕事は“人と動物をつなぐ架け橋”になりたい一心で働き続けた先にあった、という感じですかね。動物愛護センターや保健所で勤めていたときも、動物とふれあうなかで獣医師としての幸せを噛みしめていましたし、やりがいも感じていました」

「動物園での勤務は、その延長線上にあったと」

「もちろん、東山動植物園への配属が決まったときは、素直に嬉しかったですよ。私自身、名古屋市の生まれなので、幼いころはよく動物園に遊びに来ていましたし。当時は、世界的に有名になったゴリラショーが開催されていたりもして」

「ゴ、ゴリラショーですか」

「そうなんです。かつて、東山動植物園では浅井力三さん(※)という方が3頭のゴリラの飼育を任されていたのですが、ゴリラはその見た目とは裏腹にとても知能が高く、繊細な生き物なので、人間の手で育てるのは非常に難しいと言われていたんです」

「私、ゴリラは凶暴で怖い生き物だと思ってました・・・」

「そういう意見は、少なくないと思います。それでも、浅井さんは3頭のゴリラをまるで自分の子どものように愛情をもって接していたんですよ。信頼関係を結ぶことは、動物が病気になったとき、すぐに治療を施してあげるうえでも大切なことですから。

すると、ゴリラたちも浅井さんを実の親のように慕いはじめ、浅井さんが教え込んだ芸を人前で披露できるまでに成長した。“獰猛で怖い”というゴリラのイメージを見事に払拭したショーとして世界の動物研究者たちを驚かせたんです」

「そんなすごいことがあったなんて、知りませんでした・・・。世界的にも意義のあることを成し遂げた東山動植物園での勤務が決まれば、それは嬉しいですよね。納得です」

[編集部注]
1941年、浅井力三さんは18歳で東山動植物園に就職。1963年に始まったゴリラショーは大盛況であったが、成長と共に野生としての自覚が芽生えたゴリラたちが浅井さんを襲うようになり、ショーは幕を閉じる。58歳で退職を迎えた浅井さんが、その日久しぶりにゴリラたちに会いにいくと、彼らは浅井さんを覚えており、最初に教えてもらった芸「拍手」をして見せたという。享年78歳。

鳥インフルエンザによる閉園。そこから見えてきたもの

閉園中に届いた、温かいメッセージの数々。「東山動植物園がいかに愛されてるか」を再認識した瞬間

「黒邉さんが、園長に就任されたのは2016年の4月でしたよね」

「はい。動物園に配属されたのが2001年のことなので、16年目で園長になりました」

「では、園長に就任された年の12月に鳥インフルエンザが発生し、1か月間の閉園を余儀なくされたと」

「そうなりますね。一般的に鳥インフルエンザは、渡り鳥である野生のカモによって広がるといわれています。今回、東山動植物園内で鳥インフルエンザを発症した鳥(コクチョウやシジュウカラガン)を飼育していた古代池と胡蝶池は、もともと野鳥と接触しやすい場所でした。毎年、11月頃からが渡り鳥飛来のピークなので、動植物園の職員も鳥インフルエンザに対して警戒心は持っていました。

しかし、動植物園は“動物と自然が一体となる空間”であることも大切なので、野生の渡り鳥を完全にシャットアウトし、鳥インフルエンザの感染リスクを断ち切るのは難しいのも事実です」

「来園者のことを考えると、閉鎖的な展示方法は避けたいですもんね」

「おっしゃる通りです。もちろん、鳥インフルエンザが近隣で発生した場合の対処法などは考えていました。とはいえ、これまで他の動植物園でも鳥インフルエンザが発生した事例があまりなかったこともあり、どこかで“東山動植物園は大丈夫だろう”と甘んじていた部分があったかもしれません。実際に鳥インフルエンザが起こったときは、『まさか、ここで起きるなんて…』と愕然としました」

美しい鳥たちを間近で見られる施設「バードホール」。現在は、鳥インフルエンザの影響で、網が張られている

「やはり、相当ショックを受けられましたよね」

「気を落としましたね。養鶏所で飼われているニワトリの場合、鳥インフルエンザの感染が認められると、全て殺処分すると法律で決められていますが、今回園内で感染したコクチョウなどの鳥はその法律の適応外で、処分は動植物園側に一任されるんです」

「つまり、感染した鳥を殺処分にするかどうかは、動植物園側が判断するということですか」

「その通りです。今回、鳥インフルエンザの影響を最小限にとどめるため、感染したマガモとヒドリガモの2羽は安楽死させました。これは私たち動植物園の職員にとって非常に辛い決断でした。

本来、“動物を守る”立場にいるはずの自分たちが何をやっているのか。このままで、東山動植物園は本当にいいのか。あの時は、本当に自分を責めましたし、1か月の閉園という事態を招き、動植物園に来ることを楽しみにしていた方々に申し訳ない気持ちでいっぱいでした」

「“人と動物をつなぐ架け橋になりたい”という志でやってこられた分、ダメージも大きかったと・・・。そこから、営業再開に向けて、どのように気持ちを立て直されたのですか」

「実は閉園期間中、市民の方から温かいメッセージを数多くいただいたんです。メールは100通を超え、直筆の手紙も30通近く届きました。『1日でも早く開園するのを待っています!』という励ましの声や、『体に気を付けて、頑張ってくださいね』と、園内の消毒作業を行っていた私たち職員を気遣うもの。子どもたちが一生懸命書いてくれた手紙もたくさん届きました。

それを見て『東山動植物園は、こんなにも多くの人に愛されているんだ』と改めて気付くことができたと同時に、開園に向けて職員みんなが頑張ろうという原動力になったんです」

「鳥インフルエンザで閉園されたからこそ、大切なことに改めて気付くことができたというわけですね」

新たなスタートを切った、東山動植物園のこれから

今までも、そしてこれからも「みんなで築きあげていく動植物園」でありたい

「最後に、鳥インフルエンザを乗り越え、新たなスタートを切った東山動植物園のこれからの目標を聞かせてください!」

「そうですね…。まずは、動物園が担う4つの役割をしっかりと果たし続けるということでしょうか」

「動物園の4つの役割?詳しく教えていただけますか」

「動植物園には果たすべき4つの役割があると言われています。1つ目は、レクリエーション。動物とふれあう楽しさを知ってもらうことです。動植物園に足を運んでもらうことで、動物をより身近な存在に感じていただくのが、私たちの大切な使命の1つです。

だからと言って“動植物園、楽しかったね”で終わらせるのではなく、“じゃあ実際に動植物園で出会った動物が野生ではどのように暮らしているのか”“絶滅を危惧されている動物を守るために自分たちにできることはないのか”ということを一緒に考えるところまで、動植物園が先導していくことが重要になります。これが2つ目の役割、教育ですね」

「なるほど。動植物園は、動物の命や、その命を未来につなぐということを考える場でもあるんですね」

「東山動植物園では、子どもたちに向けて“環境教育プログラム”というイベントも開催しているので、この点はとても重要視しています」

「3つ目以降は、どういった役割なのでしょう」

「3つ目は、種の保存です。やはり、私たちは動物を守る立場にいるので、動物の繁殖を促して、後世にまで動物の命をつないでいくのも大切なことです。具体的な取り組みとしては、園内の動物の住まいをなるべく野生の環境に近づけるというものがあります。

例えば、最近建て替えたアジアゾウの施設は、メス用の運動場を広く、オス用の運動場は狭く作り変えているんです。野生のアジアゾウは、メスは群れて生活をするのですが、オスは群れずに個々で生きていくので、その習性を動植物園でも崩さないようにすることが繁殖の成功にもつながるんですよ」

「なるほど、それとても興味深いです!」

「色々と工夫はしています。実は、この3つ目の種の保存というのは、4つ目の役割である調査研究にもつながっていて。うまく繁殖させるためには、どの時期にオスとメスをペアリングさせればいいか、ということなどを大学の機関と連携して調べたりもしているんです」

「動物の研究を進めていくことも、動物を守るためには必要だということですね」

「そういうことです。まずは、これら4つの役割をしっかりと果たしていくこと。そのうえで、東山動植物園を時代の流れと共に、動物にとっても来園者にとってもプラスに変えていきたいですね」

「なるほど。動物にとっても、というところが、グッときます」

「それと、これまでもそうですが、東山動植物園はガイドボランティアの方々の活躍や地元企業の支援など、本当にたくさんの方々に支えられているんです。そのことに対して感謝の気持ちを忘れず、私たち職員はもちろん、市民の方たちと今後も力を合わせて、“みんなで築きあげる東山動植物園”であり続けたい。それが私の願いであり、目標でもあります」

「みんなで築きあげる。とても素敵な響きです。今日は、本当にありがとうございました!」

新しく建て替えられた、アジアゾウの運動場。

園内を歩きながら、真剣な面持ちで動物園への思いを語る黒邉さん。まっすぐと前を見据える力強い目は、新しいスタートを切った東山動植物園を引っ張っていく者の決意の表れでしょうか。動物たちの前ではその表情は一気にゆるみ、「これを話すと長くなるんだけど」と少し困ったように笑いながら、それぞれの動物の特徴を話してくれました。

その姿から感じたのは、まるで子どもの成長をそばでずっと見守り続ける親のような温かさ。紛れもないプロの姿が、そこにはありました。


東山動植物園
入園時間:9時~16時半(閉園は16時50分)

定休日:月曜日(国民の祝日または振替休日の場合はその翌日)※80周年記念イベント期間中は、不定期

URL:東山動植物園 公式サイト

住所:愛知県名古屋市千種区東山元町3丁目70

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