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「ただいま」って言いたくなったら。通うほどに心地よくなるブックカフェ『kokoti cafe』

「ただいま」って言いたくなったら。通うほどに心地よくなるブックカフェ『kokoti cafe』

奥路地に佇む洋食店、老夫婦が営む小さなパン屋、休日だけ開店する雑貨屋——その土地に根付き、日々の暮らしにそっと灯りをともしてくれるようなお店が、名古屋にもたくさんあります。『あの娘とナゴヤ。』では、名古屋で暮らす女性が、何でもない日に出会う、とびっきり魅力的な場所を「ストーリー」とともにご紹介。あなたの毎日を照らす“ステキ”を、名古屋の街へ見つけに行きませんか?

【追記】本記事で紹介している、「kokoti cafe / トムの庭」 は、6/1より一社に移転しました。(記事末に移転先の住所を記載)

「おはよう。ちゃんとご飯食べてる?」

朝起きると、母からそんなメッセージが届いていた。就職を機に地元を離れ、名古屋で働き始めて早3年。こっちの暮らしには、もうだいぶ慣れた。

引っ越してすぐの頃、寂しさから頻繁に帰っていた実家。今はあまり顔を出せていない。最後に「ただいま」と口にしたのは、いつだろう。

平日朝8時の東山線は、今日も人で溢れかえっている。新調したばかりのスーツは、まだ着心地が悪い。会社へと向かう電車に揺られながら、この寂しさを埋めてくれるものはないかとぼんやり思う——。

彼女には、一つだけ心当たりがあった。

フィンランド好きのオーナーが織りなす、心地よい空間

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午前の業務を終え、13時過ぎに東山線へと飛び乗る。向かったのは数駅先の「東山公園」。1番出口から徒歩10秒の場所に、『kokoti cafe(ココティ カフェ)』はある。

大きなガラス窓を正面に構えたその佇まいは、通り行く人の視線を奪う。ここは、入社して間もない頃、慣れない仕事に消耗する私を案じた先輩が教えてくれた場所だった。

「“ただいま”って言いたくなったら、ここに来るようにしてるの。おかしい話だけどね」

そう言って楽しそうに笑う先輩が、結婚を機に退職したのは去年の冬。以来、一人でもこのお店を訪れるようになった。

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「どうぞ、いらっしゃいませ」

中に入るとにこやかな表情で迎えてくれる、一人の女性。お店のオーナーである彼女を初めて見たとき、どことなく母に似ている気がした。

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案内された席に着き、明るく、落ち着いた雰囲気の店内を見渡す。所々に見られる「フィンランド」の文字。10年以上前にオーナーが訪れ、惚れ込んだという同国は、内装やメニューなどお店づくりのモチーフにもなっている。

「kokoti cafe」の「koko」はフィンランド語で「サイズ」、「koti」は「家」の意味。自分のお家にいるかのように、心地よく過ごしてほしい——店名にはそんな願いが込められているそうだ。

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壁際に設置された長テーブルには、オーナーが現地で買い付けた北欧の雑貨がズラリと並ぶ。その一つひとつが、何とも愛らしい。

ほどなくして、メニューが運ばれてきた。ランチの種類は4つ。私と先輩のお気に入りは、フィンランドの料理を参考に作られた「フィンランド風ミートボール」と「kokoti風スモークサーモンごはん」だった。今日はどちらにしようか。

「ご注文お決まりですか?」

少し迷ったあげく、今回は「フィンランド風ミートボール」を頼む。注文をサッと書き終えたオーナーは、やはり母によく似た笑顔でキッチンへと戻って行った。

カフェと本屋をつなぐ、家族のような信頼関係

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料理ができるまで、まだ時間はある。手持ち無沙汰になった私は、キッチンにいるオーナーに声をかけ、2階の書店『トムの庭』へ寄ることにした。

階段をのぼると、児童書や絵本を始め、洋書や古本などさまざまな本がお出迎えしてくれる。その一角で本を読む男性は、この書店の店主だ。

「カフェのオーナーとはね、古い付き合いなんですよ。彼女の娘さんが小さい頃は、私のお店にある絵本をよく読みに来てくれた。“下でカフェを始めないか”と声をかけたのも、実は私なんですよ」

以前、ふらっと立ち寄ったとき、過去の記憶を愛しむように、店主が『kokoti cafe』の創業秘話を教えてくれたことがあった。

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『kokoti cafe』がオープンする以前、1階にあったカフェが突然閉店。「ブックカフェ」という業態を維持するため、新しくカフェを始めてくれる人を探していたところ、店主の頭にはすぐに『kokoti cafe』のオーナーの顔が浮かんだという。

「家族ぐるみの付き合いで、彼女のことはよく知っていました。カフェの経営経験もなければ、カフェに興味があるわけでもない。けれど、声をかけるなら彼女しかいないと、そのとき思ったんですよね」

そう語る店主の柔らかな表情は、この場所がこんなにも居心地がいい理由の一つに感じられた。『kokoti cafe』と『トムの庭』をつなぐ温かい信頼関係は、ちゃんとこの場所に反映されている。

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懐かしい絵本の山々。その中には、小さい頃に母がよく聞かせてくれたものもある。読みすぎて所々ページの角が折れてしまったあの本は、今、実家の本棚にあるだろうか。

そんなことを考えながら、しばらく時間が経っていたことに気づく。階下から親しみ慣れた香りがただよう。私は店主に小さく会釈をし、その場をあとにした。

“フィンランド料理”でありながら、どこか懐かしい味

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フィンランド風ミートボールごはん(税込1,350円)

「お待たせしました、フィンランド風ミートボールごはんです」

そう言って目の前に置かれたお皿には、大きなミートボールが3つ、そしてたっぷりのサラダ。横には家庭的なお味噌汁とご飯のセットがついている。11:00〜15:00のランチタイムには、1ドリンクもつくのが嬉しい。

「ミートボールの上に乗っている赤い実は、北欧の伝統的な“リンゴンベリー”といった果物で作ったジャムです。私がフィンランドに足を運んだとき、レストランなどでもよく食べた思い出の味で……。ミートボールとの相性が良いんです」

最初にこのメニューを頼んだとき、オーナーがそう説明してくれたのを思い出す。一口食べると、ジャムの甘酸っぱさが、ミートボールの塩気を優しく包み込む。何度食べても安心する美味しさだ。

「サラダにかかっているドレッシングもね、リンゴンベリーから作られてるの。ワンプレートに野菜がたっぷり乗っているのも、北欧スタイルらしいよ」

もともと『kokoti cafe』の常連だった先輩は、そうやって、メニューのことを丁寧に教えてくれた。このお店の料理を頬張る先輩は、いつも笑顔だったなと思う。

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kokoti風スモークサーモンごはん(税込1,250円)

先輩が好きだったのは、「kokoti風スモークサーモンごはん」。フィンランドの食卓にもよく並ぶサーモンを贅沢にあしらった一皿は、赤キャベツとオニオンのマリネが鮮やかに映える。「北欧の魚料理には欠かせないハーブ『ディル』が、サーモンの美味しさを引き立てるんだよね」と彼女は大絶賛していた。

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「よく来てくれますよね。美味しかったですか?」

料理を堪能したのち、オーナーがプレートを下げに来る。常連、とまではいかないのに、顔を覚えていてくれたのが嬉しい。

「とても美味しかったです。フィンランドの料理なのに、不思議と“異国の料理”を食べている気がしないんですよね。どこか懐かしい味がする」

「ありがとうございます。実は、そこを一番大切にしているんです。サーモンもミートボールもフィンランドを意識したメニューではありますが、現地の味をそのまま再現しても、日本のお客様には馴染みのない味になってしまう。フィンランドの良さは残しつつ、どこか親しみやすいメニューになるように、開店から1年間は改良を重ねました。だから、そう言ってもらえて本当に嬉しいです」

ああ、だからこのお店の料理は、こんなにも優しい味わいなんだと納得する。暖房の効いた店内は、ぽかぽかと暖かい。その温もりが心にまで伝わってくるように感じるのは、きっと空調のおかげではなく、『kokoti cafe』のオーナーや、『トムの庭』の店主が織りなせる技なのだと思う。

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「ありがとうございました。またお越しくださいね」

優しく響く声を背に受け、お店を後にする。肌をなでる風は、少しだけ春を思わせた。コートのポケットからスマホを取り出し、母へのメッセージを打ち込む。

「美味しいご飯、食べてるよ。今週末、そっちに帰るね」

東山公園駅のホームへとつながる階段を駆け下りる。足取りも、心も、うんと軽い。新調したばかりのスーツは、今朝よりも少しだけ、体に馴染むようだった。

 


kokoti cafe / トムの庭
営業時間:11:00~18:30(L.O.18:00)

定休日:第2水曜日・木曜日

URL:公式Instagram(kokoti cafe)

住所(移転前):名古屋市千種区東山通4丁目8

住所(移転後):名古屋市名東区一社1-111マイシャトー 一社1F

※メニュー・営業時間などは公開時点での情報となります。最新の情報は各店舗のHPやSNSにてご確認ください。

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