pink
六番町の「カルチェ・ラタン」。そこは自分の心が動く場所。

六番町の「カルチェ・ラタン」。そこは自分の心が動く場所。

グルメ 

奥路地に佇む洋食店、老夫婦が営む小さなパン屋、休日だけ開店する雑貨屋——その土地に根付き、日々の暮らしにそっと灯りをともしてくれるようなお店が、名古屋にもたくさんあります。『あの娘とナゴヤ。』では、名古屋で暮らす女性が、何でもない日に出会う、とびっきり魅力的な場所を「ストーリー」とともにご紹介。あなたの毎日に添える“ステキ”を、名古屋の街へ見つけに行きませんか?

日本語の表現に、心の「琴線に触れる」というものがある。はじめてそれを知ったとき、ああうまいことを言うなと思った。

自分にとって本当に素敵なモノは、意味を考えるはるか前に、視界へ入りこんでくる。

あ、なんかいいな。

そう思った瞬間、耳元でシャンと澄みきった音がするように思う。

素敵なモノに出会うとそれ以外のすべてがすうっと遠ざかり、言葉にできない余韻が心をやさしく、深く、震わせるのだ。

名港線「六番町」駅そばにある、非日常感たっぷりのケーキ屋さん

 

11月の終わりに、「六番町」という場所で一人暮らしを始めることを、小学校から付き合いのある女友達から聞いた。名古屋の熱田区にあり、地下鉄・名港線の駅名らしい。知らない名前だ。私にとって名港線は、終点の名古屋港水族館に行くためだけにしか使わない。途中の駅を気に留めたことは、今まで一度もなかった。

入居は12月の半ばだという。新居で引越し祝いと、そうだ、クリスマスパーティーでもやっちゃう?なんて、どちらともなく持ちかけた。日取りを決め、誰がなにを用意するか、うきうきしながら話しあう。

「ケーキはどうする?名古屋の美味しい店を調べようか?」

そんな私の問いかけに、彼女は少し考えてから、

「当日、駅の近くにあるお店で買ってきてよ」

と言って、 “カルチェ・ラタン” というケーキ屋さんを教えてくれた。

「引っ越す前に街の下見で見つけたの。なんかね、すごくいい店なんだよ」

めったに物を人にすすめないはずの彼女が珍しくそう言うものだから、一体どんな店なんだと興味がわいた。

 

せっかくだから全部そろったショーケースが見てみたい。そう思い、その日は朝早くから家を出た。

「カルチェ・ラタン」は方向音痴の私でもわかりやすい所にあるらしい。金山駅から地下鉄・名港線に乗る。2つ目の「六番町」駅で降り、3番出口を左手にそのまま真っ直ぐ進むだけ。

初めて降りたその場所は、名古屋のどこにでもあるような街並みだった。高速道路の高架橋下に国道1号線が通り、車が忙しなく走っている。人通りは多くない。昭和からありそうな建物が凸凹と連なっている。

冷たい風にマフラーを巻き直し、身を縮めながら灰色の道を5分ほど歩いていると、突然、その店が現れた。

六番町の「カルチェ・ラタン」。そこは自分の心が動く場所。 - aSqhk 1110x757

ブティックみたいに大きな窓。アンティーク調のウォールランプ。外壁は、いまどきの乙女心をバッチリつかむ “くすみピンク”。2階建ての大きな建物だ。行ったこともないパリのアパルトマンを彷彿とさせる、優雅な可愛さに胸がときめく。

冬空の下、この場所だけが春のように明るかった。

入り口には雪化粧を施したクリスマスツリーが立っている。

六番町の「カルチェ・ラタン」。そこは自分の心が動く場所。 - 10FzD 1110x718

開店時間、10時ぴったり。ドキドキしながら、誰よりも早く金の取手に手をかけた。

 

扉のすきまから吹き込んだ風が、店内の何かをゆらしたのかもしれない。

小さく、鈴の音が聞こえた気がした。

夢と驚きがちりばめられたお菓子の世界

六番町の「カルチェ・ラタン」。そこは自分の心が動く場所。 - 9 1110x779

 

広がる光景に息を飲む。

 

六番町の「カルチェ・ラタン」。そこは自分の心が動く場所。 - uGdqv 1110x740

見上げた宙にはシャンデリア。
外からの光が壁の鏡に反射して店の中に散乱し、視界の中で星が瞬く。

六番町の「カルチェ・ラタン」。そこは自分の心が動く場所。 - 11 1110x727

あれ、私はいま、本当にナゴヤという街にいるの?間違っておもちゃ箱に飛び込んじゃったのかも。そんなことを考えた。

赤い飾りがシャランと揺れる。

店に入ったら真っ先にケーキを選ぼうと思っていたけれど、もうすっかり頭の中にはない。愉しげな雰囲気に胸を弾ませながら、店内をいそいそ見て回る。

六番町の「カルチェ・ラタン」。そこは自分の心が動く場所。 - DJjS2 1110x740

窓辺には焼き菓子たちがお行儀よく並んでいた。素敵な焼き色!眺めているだけで甘い香りと味が舌の上に広がってくるかのよう。

六番町の「カルチェ・ラタン」。そこは自分の心が動く場所。 - 3

あっ、かわいい。雑貨めぐりが好きな私の心を、なんて絶妙に突いてくるんだろう。

六番町の「カルチェ・ラタン」。そこは自分の心が動く場所。 - 5

お隣にはデコレーションケーキが入ったショーケース。ガラス越しに雪だるまがほほえみかけてくる。目があって、思わずニッコリ。

他にもサンタやトナカイといった、この時期にぴったりのデザインが並んでいた。

六番町の「カルチェ・ラタン」。そこは自分の心が動く場所。 - 7

子供の頃は “クリスマスといえば生クリームたっぷりのショートケーキ” だったけど、歳を重ねるうちになぜか気になってくるのが「シュトレン」。この店のシュトレンは片手サイズ。ずっしり重く、密度のあるおいしさに期待がふくらむ。

六番町の「カルチェ・ラタン」。そこは自分の心が動く場所。 - 8 1110x773

天井の飾りはクリスマスの近づいた冬の時期だけらしい

見ればみるほど、ため息が出る素敵な空間だ。恥ずかしげもなくあたりをキョロキョロ。そこら中から「食べてみない?」なんて、甘いささやきが聞こえてくる。

この店は1976年に洋菓子屋を始めた男性の息子さんがやっている。つまり“町のケーキ屋2代目” だ。けれどそのまま引き継いだのではなく、一度建物を全部取り壊し、外装から内装まで、自分で手書きしたデザインを建築家へ頼んだという。すごすぎる。

あれもこれもと手を伸ばしかけ、我に返り、あわてて引っ込める。そうだ、パーティーのためにケーキを買いにきたんだ。ようやくメインであるショーケースの前へとたどりつく。

 誰もがお気に入りを見つけられるように。シェフ自慢の「主役」が勢ぞろい

六番町の「カルチェ・ラタン」。そこは自分の心が動く場所。 - IBbLL 1110x740

わあ!

あんなに焼き菓子へ目移りしていたのに、一瞬で心を奪われてしまった。

六番町の「カルチェ・ラタン」。そこは自分の心が動く場所。 - 10 1110x705

上・下段に分かれてケーキが整然と並んでいる

いち、に、さん……。数えてみたら、なんと50種類近くある。

圧倒された。こんなに充実したショーケースは、人生で一度も見たことがない。

レジに長身の男性が立っている。背筋がピンと伸びた好青年。

彼が、ここのオーナー・冨田シェフだった。

あまりのケーキの多さにクラクラし、何を選べばいいのかわからなくなってしまった私は、おすすめのものを尋ねてみた。

「すべて全力で作っているので、“おすすめがどれか” を聞かれたら困っちゃいますね」

彼は目尻をキュッと下げて、優しげに微笑んだ。

「この店はケーキが主役だから、全部に力を注いでいます。だから自分が食べたいと思ったもの、“あの人”が笑顔になってくれると思うものを素直に選べばいいんですよ。」

これだけたくさんあれば、必ず好みが見つかるでしょ。

子供のような悪戯っぽい笑顔でそう言われて、ドキッとした。

六番町の「カルチェ・ラタン」。そこは自分の心が動く場所。 - CNcO9 1110x772

「ケーキ作りは体力勝負」と、昔、テレビのドキュメンタリーで見たことを思い出す。

小さくて可憐な見た目のケーキだけど、その工程は泥臭い。小麦粉・砂糖などの材料や鉄板といった重いものを運び、1日中作り続ける力仕事だ。ケーキ屋さんという場所は想像以上に過酷な現場なんだと、その時知って驚いた。

この店には焼き菓子を含めたら、100種類ほどの品がある。常にこれだけ作るのは、とんでもなく大変に違いない。

それでもシェフは、おいしいお菓子と必ず出会ってもらえるようにと、圧倒的な量をそろえて客を出迎えてくれる。裏側にある苦労は微塵も滲ませず、妥協もしない。だからこの店は外観からお菓子ひとつに至るまで、最上級の輝きを放っているのだ。

「“自分にとって、なんかいいところだな、なんかおいしかったな” とお客さんには思ってもらいたいんですよね。これが名物だからとか、僕が作っているからとかいう理由じゃなくて、“おいくて好きなケーキがあるから” 。ただそれだけの自分の理由で、わざわざここに来る人が増えてほしい」

実は冨田シェフ、東京の有名店で修行をし、世界的なコンクールで数々の輝かしい賞をとっている。しかしその賞状が入った額縁は、店の隅にそっと並べられている。自分が有名になりたいだとか、店を有名にしたいだとか、そんなことは考えていないらしい。

人々にとって、ケーキがおいしく素敵なものであるように。

そのためだけに技を磨き、ナゴヤのこの場所で作り続けている。

つい “おすすめ” を聞いてしまった自分が恥ずかしくなった。

そういえば、滅多に人へ物をすすめることがない友人に、その理由を尋ねたことがある。

「人の好みは十人十色だし、一部の評価で判断させるのはよくないと思うから」

私はネットの口コミでお店を選んでしまうけれど、彼女はいつも、外からの理由に頼らず「自分で選ぶ」。期間限定や名物に弱い私と違って、良いと思ったものだけを買っていく。

そうか、だから彼女はこの店を気に入っているのかもしれない。

六番町の「カルチェ・ラタン」。そこは自分の心が動く場所。 - rXCzi 1110x740

誇らしげに並んだケーキたち。ショーケースの前で頬を上気させ、じっとそれらを見すえる友人の姿が、ありありと脳裏に思い浮かんだ。

 ケーキから広がるとびきりの笑顔が見たくて

六番町の「カルチェ・ラタン」。そこは自分の心が動く場所。 - fKqGf 1110x740

朝早くに店を訪れたのに、途切れなく人がやってくる。

男性の一人客が私の隣に立った。膝に手をあて中腰になり、ショーケースを食い入るように見ている。眉間に深く刻まれた皺、漂ってくる緊迫した雰囲気にこちらもドキドキ。

買うものが決まったのだろう、背筋を伸ばし、いくつか注文した。

ケーキの入った箱が現れると彼はフワッと頬をゆるめて受け取り、軽やかな足取りで店を出て行った。幸せそう。きっとその先に、待っている誰かがいるんだろう。

私も早く友達に持って帰りたい。

深呼吸した。心地よい緊張感で、ショーケースに臨む。

どれがおいしそうだろう、私が食べたいだろう、彼女も笑ってくれるだろう?

一番気になったのは、ショーケースの上段にずらりと並ぶ四角いケーキ。
羊羹みたいな細長いフォルムは珍しい。
この形にはわけがあるんですか?と尋ねた。

「四角いと迷わず切りやすいし食べやすいですよね。僕はケーキをコミュニケーションツールだと考えていて、これをみんなが囲んで話をぽんぽん弾ませていく、そんなイメージを持っています。この形なら、食べる人が“共有する時間”をより生み出しやすいんじゃないか。そう思って仕上げました」

テーブルの上に四角いケーキを載せ、ナイフで端からふた切れ分ける。ひとつを友達に渡して一緒に食べながら、ささいなことで笑いあい、もうちょっと食べたいなーなんて言いながらまた端を切る。ずるい、私もふたつめ!なんて言いながら、きっと友人も手を伸ばしてくる。「ああやっぱり美味しい」なんて喜びから、また話の花が咲く。

はっきりとしたイメージが頭に浮かんだ。このケーキを買おう、そう決めた。

常時17種類ほど用意しているという中から、ようやくひとつ選ぶ。注文するために声をあげようとして、ふと視線が一つのオレンジ色のケーキに引き寄せられる。

その瞬間、“それ” 以外のすべてがすうっと遠ざかり、耳元でシャンと澄みきった音がした。

 

 何度でも、何度でも。この店があるから、この街へ

「お、来たね〜!ケーキ買ってきた?」

そう出迎えてくれた友人へ、私は誇らしげにケーキの箱を見せびらかす。ケーキは不思議だ。いつも “初めてのおつかい” に成功したような嬉しさがある。

さぁ、箱から出してお披露目しよう。お皿に載せたら、友人がわあっと歓声をあげた。

六番町の「カルチェ・ラタン」。そこは自分の心が動く場所。 - 1

タルト スーズ ピスターシュ ¥1350(税抜)

選んだのは「タルト スーズ ピスターシュ」。
ピスタチオ生地にさくらんぼをたくさん入れて焼き上げているという。

トッピングのさくらんぼがクリスマスの飾りのようで、すっごくかわいい。友人も私もピスタチオが好きだから、間違いなくふたりの主役になると思って選んだ。箱に入れてもらうとき、中にさくらんぼのジャムが入ってるんだよと、秘密をこっそり打ち明ける少年みたいにシェフが嬉しそうに教えてくれた。

彼女がフォークを持ってきて言う。つまみ食いしてもバレない形だよね。端っこだけ試しに食べていい?

試しにってなんだ、と呆れた顔をしながらも、大賛成で私もフォークを手に取った。サクッとしたタルトはバター風味で香ばしい。しっとりした生地はピスタチオらしい華やかなコクと、ああ本当だ、さくらんぼジャムの甘酸っぱさが口の中で弾けて混ざり、香りを残してとけていく。

彼女の新居はまだ家具の少ない簡素な空間だ。けどケーキが現れただけで、あの店の華やかさをそのまま持ってきたかのように、あたりが特別明るくなったような気がする。

「あれっ、まだひとつケーキがある。」

「どうしても気になっちゃって……」

六番町の「カルチェ・ラタン」。そこは自分の心が動く場所。 - 12 1110x796

クープ ド ランジュ ¥500(税抜)

実はひとり用の小さいケーキも買ってしまった。

会計直前に見つけた「クープ ド ランジュ」。ろうそくの火みたいな愛らしいフォルム。輝くショーケースの中でもひときわ特別で、内側からぼうっと光を放つように、私の目には映ってしまったのだった。

あ、なんかいいな。

具体的に何がいいのかはわからなかったけど、とにかく確かに心が動かされた。

シェフが裏話を聞かせてくれた。

このケーキは、2013年に行われた洋菓子の世界大会に日本代表として出場した彼が、同じく日本代表だったパティシエ2人と大会後に再会し、共に作り上げたものだという。大会でもテーマ素材として採用した思い出のある “オレンジ” を題材に、グラスの中にはそれぞれの得意や個性がみずみずしく折り重なっている。「意見をすり合わせるのに苦労しました」と言いながらも、彼は誇らしそうに、このケーキを見つめていた。

このオレンジのケーキには飽くなき探究心を持つ3人の思い出や情熱の火が、ありったけ込められているのかもしれない。

話を聞いたのも買う後押しにはなったけど、ひと目見て食べたくなったので、パーティーには余計だと知りつつお買い上げ。甘いものは別腹だもん。食べきれるに決まってる。

私も選びに行けばよかった〜!と頬を膨らます彼女が可愛らしくて、今から一緒に行く?と笑いかけた。

いいの?
もちろん。
なんかいいよね、あのお店。
うん。何度も行きたくなる。
何度行っても楽しいよね。

 

パーティーの用意を後回しにして、入ってきた玄関を再び外に向かって開けた。冷たい風が吹き込んでくる。さむっ、と声が重なり、同時に吹き出した。

また私がすぐに来たらシェフは驚くだろうか。ひっきりなしにお客さんがいたから、もうケーキは売り切れてないだろうか。友人は何を選ぶんだろう。彼女が選んでいるあいだ、私は焼き菓子を買おうかな。

あれこれ考えつつ、歩みを速める。

六番町の「カルチェ・ラタン」。友人が住んでいなければずっと降りることのなかった、知らない街の知らない店。

だけど再び、あの素敵な扉を開けるのが、もう待ちきれなかった。

六番町の「カルチェ・ラタン」。そこは自分の心が動く場所。 - 13 1110x755

 


Patisserie QUARTIER LATIN (カルチェ・ラタン)
営業時間:10:00~19:30

定休日:毎週火曜日、第2水曜日(イートインL.O. 19:00)

URL:公式サイト公式Instagram公式Facebook

住所:愛知県名古屋市中川区十番町2-4 (駐車場10台有)

 

※メニュー・営業時間などは公開時点での情報となります。最新の情報は各店舗のHPやSNSにてご確認ください。

 

IDENTITY 名古屋 > 全記事一覧 > カテゴリーから選ぶ > グルメ > スイーツ > 六番町の「カルチェ・ラタン」。そこは自分の心が動く場所。