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北欧の風が香るカフェ『rajakivi』の扉を開けに

北欧の風が香るカフェ『rajakivi』の扉を開けに

グルメ 

「奥路地に佇む洋食店、老夫婦が営む小さなパン屋、休日だけ開店する雑貨屋——その土地に根付き、日々の暮らしにそっと灯りをともしてくれるようなお店が、名古屋にもたくさんあります。『あの娘とナゴヤ。』では、名古屋で暮らす女性が、何でもない日に出会う、とびっきり魅力的な場所を「ストーリー」とともにご紹介。あなたの毎日に添える“ステキ”を、名古屋の街へ見つけに行きませんか?」

仕事帰り、いつもの地下鉄。
誰かの温もりがまだじんわりと残る座席に腰を下ろし、窓に映った自分を見つけて私はため息をつく。

まだまだ寒いからと羽織ってしまった重いトレンチコートも、つま先を締め付けるストッキングとパンプスも、ああ全部脱いでしまいたい。緩慢な首や肩をぐるりと回し、肺にたまった倦怠感を深呼吸して一気に吐き捨てる。

 

「いつもの私」に不満はない。だけど疲れがたまると苛立ちがつのり、突然、”どこか知らない遠い世界”で”違う自分”になりたいという強烈な衝動に駆られてしまう。

娘である自分、彼女である自分、会社員である自分。
「いまの私」をすべて手放してしまいたい。

でも本当はわかっている、誰にだってなれないこと……。肩を強張らせたままため息をつく。

疲れきってしまった。そう思ったとき、私はきまってセンチメンタルな気持ちを抱えたまま、知らない街をふらふら歩きたくなるのだった。

ここにいる「いまの私」から逃れるために。

 

金山駅という場所は学生時代から相変わらず、地下鉄からJRへの”乗り換え”に過ぎない。だから私は金山のことを知っているようで、実はほとんど知らないでいる。そもそも駅直通のショッピングモール「アスナル」しか、見るところなんてないと決めつけていた。

せっかくだから、今日はここをふらつくか……。

地下鉄から降りてエレベーターに乗り、気まぐれに駅の外へ出る。マツキヨを過ぎ、アスナルを抜け、気がつけば公園のある閑散とした住宅地に迷い込んでいた。

 

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うっすらと日が傾いている。近くに小学校があるのだろうか、下校帰りの子供がはしゃぐ黄色い声が響いている。道を一本入ったせいで車や人の往来の音はすっかり遠くなり、宅地からあふれだす見知らぬ人の生活感に、別の世界を旅している気になって少し気分が良くなる。

ひとつのマンションの前を通り過ぎようとしたとき、うっそうと茂る植木のすき間から温かなオレンジの光がこぼれているのに気づき、足を止めた。

 

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rajakiviと白く書かれた窓。やわらかな灯りがもれている。
のぞきこむとカフェのようだ。
どう読むのか、なんていう意味なのか……考え込んでいたら、ふと外が寒くて体が冷えていることに気がつく。

ちょうどいい、一旦休もう。私はゆっくり扉を開けた。

 

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木々の温もりがあふれる可愛らしい空間が広がっている。本当に別の世界に迷い込んでしまったかのようだ。客は他に誰もいない。テーブル席に着くのは気が引けて、カウンター席に座る。

 

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いらっしゃい、と小柄な男性が優しそうに微笑みかけてきた。
マスターは石塚さんという方で、2011年からここを営んでいるそうだ。

 

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メニュー表にも書かれている「rajakivi」は「ラヤキヴィ」と読む。
jをyで発音する、フィンランドの言葉。

そう、ここのコンセプトは北欧。

北欧といえば……。

私の頭に浮かんだのは、白くてカバのような愛らしい———ムーミン一家の舞台である。

 

喫茶文化が盛んな名古屋でも、北欧カフェというのは珍しい。
石塚さんがこの喫茶店を始めたきっかけを教えてくれた。

石塚さんは金山生まれ。会社員をしながらも、ずっとカフェを地元で開きたいという夢を持っていた。それも普通のカフェではない。たくさんの喫茶店やカフェがある名古屋だからこそ、お客さんには知らない・珍しいものを楽しんでもらいたいと考えた。その結果、コーヒーの消費量が多いフィンランドをコンセプトに、北欧カフェ・rajakiviを始めたという。

店内に流れるゆったりとした空気は、確かにここだけ別の国……北欧の世界にいるかのようだ。

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扱う商品はほとんどが北欧直輸入のもの。

メニュー表にあるロバーツ・コーヒーは、フィンランドならではの有名な銘柄だ。
1987年に誕生してから今もなお人々に愛される大手コーヒー専門店「 ROBERT’S COFFEE 」が生み出した、深煎りのまろやかなコーヒーだ。ムーミンをパッケージにあしらったデザインで世界中に広まり、「ムーミンコーヒー」とも呼ばれている。

そんな可愛らしいコーヒーに惹かれながら石塚さんにおすすめを聞くと、「コーヒーはもちろん人気ですが、紅茶やソフトドリンクを頼まれる方が多いですね」とのこと。訪れる客は9割が女性客で、特に住宅地に住む子持ちの女性たちが子供を学校に送っている間、ここで紅茶を楽しみながら会話に花を咲かせているらしい。

 

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メニューを見ていくと、定番のローストコーヒーからバニラやミントチョコのフレーバーコーヒー、スウェーデン最古の紅茶メーカーによるフレーバーティーなど美味しそうな名前がずらり。

そのなかでソフトドリンクの項目に「エルダーフラワー」という聞きなれない名前を見つける。

いつもの自分なら定番のコーヒーや紅茶で落ち着いてしまうけど、今日は知らない場所で違う自分になってみたい。

そんな想いから、私は「エルダーフラワー」を注文してみる。

 

ドリンクのほかに、小腹がすいたのでなにか食べたくなった。

もちろんフードメニューも北欧料理。石塚さんが北欧料理の本で研究したり、実際にフィンランドにいって現地で学んだという本場の味だ。朝8時から11時までのモーニング、ランチタイムと18時半までのカフェタイム。営業時間であればいつでも注文できるという。

「ピーラッカ」という変わった名前の小さな北欧パンから、デンマークの伝統料理「Smoerrebroed(スモーブロー:ライムギパンのオープンサンド)」などさまざまなメニューが並ぶ。

そんな中から私が選んだのは、フィンランド式パンケーキ「Pannukakku(パンヌカック)」(ジャム付 税込500円)。

 

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パンケーキに○○式、なんてあるんだ、と驚く私を見て「フィンランドのパンケーキは砂糖なし、ベーキングパウダーもなし。シンプルに小麦と牛乳と卵だけで焼くんです」と石塚さん。まったく未知の北欧世界で、彼の説明はありがたい。

「パンヌカックはオーブンで焼くので四角い形。フィンランドの定番おやつで、”ムーミンママのパンケーキ”でもあるんですよ」

 

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「甘くないのでクリームと一緒に、クリームはすぐ溶けてしまうから気をつけて」
そんな優しい注意と一緒に手際よく運ばれてくる焼きたてパンヌカック。

表面はさっくり、中はぎゅっと詰まってもっちもち。
そのまま食べると分厚いクレープ生地を思わせる、優しくミルキーな卵味。

 

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続いて、添えられた生クリーム・リンゴンベリー(こけもも)ジャムと一緒にぱくり。
クリームはしゅわっと儚い控えめな甘さで、生地のシンプルな味が一層引き立つ。思わず頬がゆるんでしまう。

 

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パンヌカックと同じ生地をフライパンで丸く焼いた「フィンランド式パンケーキ、Ohukaiset(オフカイセット)」もあり、焼き方で食感が異なるという2種類を食べ比べしたくなってくる。

初めての味を夢中で味わっていると、コトリとなにかがそばに置かれた。「エルダーフラワー」が入れられたティーカップ。可愛らしいカップから、いままでに嗅いだことのない華やかな香りが店内に広がっていく。うっとりと鼻をひくつかせる私を見て、石塚さんがふわりと微笑む。

 

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「エルダーフラワーはヨーロッパでよく使われるハーブです。風邪の初期症状だけでなく不安やうつも和らげるので、昔から体と心を癒す”万能の薬箱”として重宝されてきたんですよ」

ほどよい温かさの液体が喉を滑り降りた瞬間、思わずため息をついた。舌には爽やかなマスカットを思わせるフルーティーな甘みが広がり、息をするたびにかぐわしい香りが自分からあふれていく。

幸せなため息だ。

私はにっこり笑ってしまった。

 

気づけばすっかりくつろいでいて、カフェに来るまでに感じていた倦怠感や、何か違う自分になりたいという苛立ちのようなものは角が取れて丸くなっている。石塚さんの優し気な雰囲気とゆったりとした北欧の世界に、私はすっかり癒されていた。

「外はこれから寒くなりますからね、お帰りの前に、こちらのドリンクはいかがです?」

「エルダーフラワー」のカップが空になった代わりに、湯気の立つ真っ赤なドリンクが運ばれてきた。

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シナモン・グローブ・カルダモンなどの香辛料を煮込み、赤葡萄と一緒に合わせ、アーモンドスライスを浮かべた「Glögi(グロッギ)」というホットドリンク。

爽やかなエルダーフラワーとは異なり、ワインを思わせる妖艶で奥深いベリーの香りに、ドキドキしながらグッと飲みこむ。

わずかな渋みのあと、口の中で熟した果実が弾けたような香りの広がりに目を丸くする。そして次第にじんじんと体が熱を帯びてきて、さらに驚いた。

「グロッギは北欧のクリスマスシーズンで定番のドリンクです。体を温める効果があるんですよ」

石塚さんの説明を聞きながら、ああこれは名古屋の他の場所では味わえない、ここのカフェならではの飲み物だ、としみじみ思う。底に沈んだレーズンも口に含んで楽しみながら、身体だけでなく心まであたたく満たされていることを感じていた。

 

すっかり日が落ち暗くなった外は寒そうだ。
けれどいい香りに包まれて体の芯から温まり、私の頬は桃色に上気さえしている。

名残惜しいけれど、最後の一口を飲み干し、コートを羽織って席を立つ。

「あ、そうだ。rajakiviって、どういう意味なんですか」

聞きそびれていた気になることに、「特に深い意味はないよ」とマスターは微笑む。

「フィンランドには県や街の境に建つ石碑があるんだ。その”境界の石”がrajakivi。僕の名前が”石塚”だから、それを使っただけ」

 

あれ、いい意味あるじゃない。

名古屋の街で、扉を開けた瞬間に広がるゆったりとした癒しの空間。優しい北欧の世界に足を踏み入れる境目、この店にぴったりだと思った。

 

息をするたびに体の中からいい香りがして、「いまの私」が好きになる。グロッギのおかげで寒さをものともしない。リフレッシュした足取りは軽い。

何もかもを脱ぎ捨てて違う自分になりたいと思ったら、またあの素敵な店に行こう、と私は決めた。

 

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日常の境目にあるカフェ・rajakivi。
扉を開ければ、北欧の香りが漂う空間で、体も心も満たされていく。

 


北欧カフェ ラヤキヴィ(rajakivi)
営業時間:8:00〜18:30 (18:00L.O.)

定休日:月曜日(祝日の場合翌日火曜日振替)

URL:公式サイト Facebook

住所:愛知県名古屋市中区金山 2-11-1 アーバンハイツ金山1F

※メニュー・営業時間などは公開時点での情報となります。最新の情報は各店舗のHPやSNSにてご確認ください。

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